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  • タケカワユキヒデ × 吉祥寺

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吉祥寺が私のホームタウン
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今月の水先案内人
今月の街先案内人
今回は、1970年代半ばから日本の音楽シーンに数々の名曲を残してきたミュージシャン、タケカワユキヒデさんが登場。タケカワさんにとって一番身近な街、吉祥寺について伺いました。
音楽が楽しいと思ったのは
幼稚園の発表会で歌ったとき
バンド「ゴダイゴ」の作曲家、ボーカルとして知られるタケカワユキヒデさん。「ガンダーラ」「モンキー・マジック」「銀河鉄道999」「ビューティフル・ネーム」といったゴダイゴの名曲がヒットチャートを賑わせたのは、タケカワさんがまだ二十代の頃でした。どのような道を辿りあの名曲たちが生み出されたのか、まずは生い立ちから聞いてみました。
「もともと音楽家の家系で育ったんだけれど、自分が本当に『音楽が好きだな』って思ったのは、幼稚園の時の発表会がきっかけですね。クリスマスソングをソロで歌わせてもらって、それが気持ち良くってね。小学校に入ってからは、ヴァイオリンも習っていたけど、ラジオから聞こえてくるアメリカン・ポップスが好きになって。特に好きだったのはポール・アンカやニール・セダカ。二、三回聞くと自分でも歌えるようになってました。もちろん英語の歌詞だから、意味もよく分からずに歌ってましたけど」
「高校生の時はもうバンドをやっていたんですが二年の時に解散してしまって。でも音楽の道へ進もうと決めていたので、音楽大学に行こうと勉強を始めたんたですが、勉強の仕方を間違えてしまったみたいで。一年半、音大の受験対策をしてくれる先生について勉強していたんですが、結局自分の知っていることしか教えてもらえなかった。だから音楽大学には落ちてしまいまして。でも何とか受かった大学があって、そこで、今でいう仮面浪人をしていましました」
「高校の時から自分で作曲もしていて。その頃から英語の歌詞をつけて歌っていたんだけれど、やっぱりもっと英語を勉強して、話せるようになりたかった。だから音楽大学は諦めて、英語に強い大学にもう一度入ろうと決めました。仮面浪人をしていた大学に行くのも辞めて、3ヶ月家から一歩も出ず勉強しました。それで結局、東京外国語大学に入ったんです」
  • タケカワユキヒデ

    教則本もなかった時代、ギターのコードは自分で「発見」したという実は理論派のタケカワさん。

  • タケカワユキヒデ

    浪人した後に受験した第一志望の大学には、不合格になってしまいは、ショックで熱を出したという。

ビートルズになってビルボードのチャートに
一位になるのが夢でした

「十代の頃からは、ビートルズになりたかった。それでビルボードのチャートの一位になるようなミュージシャンになることが目標でした。大学にいる間にレコードが出せなかったら音楽の道は諦めようと決心していました。でも、時間はかかるだろうと思っていたから、入学するときに大学の教務課に『留年や休学をすれば最長で十一年は大学にいられますよね』って確認したんです。そんなことを聞くのは君が初めてだって呆れられたんですが、大学にいる間、二十二歳のときにデビューすることができました」
「二十歳のときに作曲家として音楽出版会社と契約して、二十一歳のときにアーティストとしてレコーディングして、二十二歳でソロデビュー。それからゴダイゴを結成したんです。ここから、ゴダイゴが売れるまでが大変でした。もう結婚もしていたんで、音楽で家族を養って生活していくには、どうすれば良いのか、覚悟を持って音楽と向き合ったのがこの時期でしたね」
「曲を作ることは苦労しなかったんだけど、英語での作詞は大変だったんですよ。韻を踏んだりとか、そういうことは独学で分かっていたんだけど、ネイティブの人に言わせると、文法的にも、常識的にもちょっと怪しい。だから、レコーディングすることが決まったとき最初は、僕の書いた英語の歌詞を奈良橋陽子さんに直してもらっていたのだけれど、なかなか進まなくて。ある時、奈良橋さんが自分で書いた歌詞を持ってきてくれて。その歌詞に曲をのせたたら、これが良かったんですよ。それからは、まず奈良橋さんに歌詞を書いてもらって、その歌詞に曲を付けるようになったんです。それまで苦労していた部分が急に楽になったから、本当に嬉しかったですね。奈良橋さんから歌詞が来て、それに合わせて僕が曲を書いて、その曲をミッキー(吉野)がアレンジをして、レコーディングするっていう流れを、”ファクトリー”(工場)って呼んでいたくらい、本当にスムーズに仕事ができるようになりました」
  • ガダルカナル・タカ

    吉祥寺には今でもよくふらりと出掛けるとか。歩ける範囲に必要なものが揃っているのが魅力と語る。

  • ガダルカナル・タカ

    「この間も、ライブに使う楽器を買いに来ました」と公私ともども吉祥寺で過ごす時間が多いとか。

PROFILE
  • ガダルカナル・タカ
  • タケカワユキヒデ

    1952年10月22日生まれ。埼玉県出身。1975年にアルバム「走り去るロマン」でソロデビュー。1976年に、ミッキー吉野らとバンド、ゴダイゴを結成。「ガンダーラ」「モンキー・マジック」「銀河鉄道999」「ビューティフル・ネーム」などのヒット曲を送り出す。ゴダイゴ解散後は、テレビ番組の司会やコメンテーターをしながら、小説を発表。漫画の原作、講演活動など幅広く活躍。自身もソロ・アーティストとしてたくさんのコンサートをこなしながら、他のアーティストへの楽曲提供やCMソング、映画音楽なども手がけている。

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